坂本の運転遍歴
前回、坂本という男を紹介した。構成が甘かった。今回も彼が主人公になってしまう回だ。
前回の記事を公開した翌日、坂本から電話があった。
かなり痛烈に彼との出会いを綴ったので怒られるかと思ったが、えらい喜んでいた。
今回も自分が主役となるこの記事を読んで嬉々とすることだろう。
では、はじめよう。
坂本という男はこの旅でハンドルを握るのが一番遅かった。
それにはれっきとした理由があり、彼自身に鯨のようなRVを運転する自信がなかったからだ。
確かに彼の実家の車は軽自動車だから、いきなりこの車格を操るのは厳しいだろう。
それにしても自分の能力や適正を鑑みて運転を自粛できるということは素晴らしい。
きっと彼は65歳ぐらいで運転免許を返納するジェントルジジイになるに違いない。全国の自信過剰な高齢者の前で是非講演してほしい。
とは言ってもせっかくのアメリカ横断旅だから運転しないのももったいないというわけでついに彼もハンドルを握り、ドライバー・ローテーションに組み込まれた。
実家の軽自動車のサイドミラーをへし折ったことのある彼の運転には時々ヒヤッとさせられ、前途が不安になることも何度かあったがそれもご愛敬。概ね順調にクルーズを続けていた。
ーーそれでも嫌な予感は当たる。
インコース
テキサスで食べた肉山に味をしめた僕たちは、次なるグルメを探すべく、グルメハンター坂本の指南でオクラホマのとあるレストランを目指して走っていた。
ハイウェイでは坂本の運転のせいで何度か走馬灯を見たものの、無事に目的のオクラホマのレストラン近くの駐車場にたどり着いた。
駐車場に入るために右折する際、助手席に座る僕が一言。
「もうちょい膨らんだほうが良くない?」
坂本はなぜか運転で最短距離を好む。僕たちには見えない誰かに追われているのだろうか。マリオカートのタイムリミットのように透明な他の車と競争しているのだろうか。
坂本はその忠告を意に介さず駐車場に侵入した。いや、しようとした。
ギシギシギシ、メリメリメリ、ズサー、ムギムギ、ムギュー。
断末魔。
音だけでは何が起きたのかは分からなかったが、1分後に頭を抱える事になるのは細木数子ではない僕たちにも予言できた。
恐る恐る車外に出てみると、そこには「STOP」と書かれた交通標識が。
なるほどこれで車体を擦ったか。
しかしサイドボディーには傷が見えない。
神は僕たちを見捨てなかた。ラッキーだな坂本。
安堵して天を仰ぐと、そこには最悪の光景が待っていた。
オクラホマの悲劇
オーニングがズタズタに裂けていた。標識の縁に擦り付けてしまったようだ。
オーニングとは、キャンピングカーに付属する巻取り式のタープだ。
サイドボディー上部についており、車の影でピクニックなんかをする時にグルグルと引き出して使えるインスタ映えアイテムだ。少なくとも僕たちには必要ない。
僕たちは4人で黙ってオーニンングを見つめた。まるで美術館の美しい絵を無心で眺める純粋な少年のように。
唯一違うのは、それぞれの頭の中で弁償費用はいくらだろうと高速で電卓を叩いていたこと。
それにしても車のパーツや生活必需品を壊してしまうのは分かる。しょうがない。なんだオーニングって。
こんなの頼んでないぞ僕たちは。後で調べたらオーニングが付属していないRVもたくさんあるみたいだ。
全く予期しない物に旅を邪魔されるなんて。道を歩いてたら知らないおっさんに放尿されるぐらい理不尽だった。
しかし文句を垂れたところで仕方がない。
もし本当に不要なら借りる段階でそれを伝えるべきだし、なんでも人のせいにするのは良くないよ。
幼稚園年少で学習したことをアメリカのオクラホマで思い出すとは。
ふと運転席の坂本を見ると、信じられないぐらい落胆していた。
まあ僕もつい数日前にRVの天井を突き破ったばかりなので気持ちはよく分かる。ここは好きなだけ落ち込ませてあげた。
彼はすこぶる責任感が強い男なので終始
「俺が悪いから全額弁償するわ」
と訴えていたが、僕たちのルールは「RVを破損した場合、それが運転中で意図せずもしくは明らかな運転手の過失が無い場合には連帯責任とする」である。
後に改めて審議した結果、坂本50%、他の3人で残りの50%を支払うことになり全員納得した。
終始100%負担すると言っていた坂本。ジャパネットたかたの金利負担ですか?彼と高田社長の漢気には感服するばかりである。
塩をかけられたナメクジのように萎縮した僕たちは夕食を辞め、さらに東に進むことにした。
いくら弁償するのか分からないまま旅をしたくなかったので、エルモンテRVのダラス支店に寄り弁償代金の見積もりをとった。
6万円。
なんとも絶妙な額だ。坂本は3万円、僕たち3人は1万円の出費。
4人で肩を叩き合った。そして、グランドキャニオンで折れてしまった汚水用排水ホースの代替えをもらった。
オーニングもこれで流せたらよかったのに。
RVルームツアー
今回の件で適当な写真が無かったので、いつか載せようと思っていたRVの内部を紹介して今回は失礼したいと思う。