我的中国生活
そんなこんなで中国での生活が始まった。
朝9時から授業が始まり、12時に終了。
中国語のシャワーを3時間浴び続けるのは予想以上に応えた。終業時には放心状態に。
次第に授業に出席しなくなり、昼間から上海の街で遊び始めてしまった。
朝9時ごろに起床し、とりあえず朝食を食べに寮の前の食堂に行く。
その後は一人もしくは同じく授業をスキップした同類の人間と上海の街に繰り出す。
帰宅後は深夜まで青島ビールや紹興酒を飲みながら人狼ゲームに講じる。
そんな生活だった。今考えるととんでもない生活してたな。
その反動からか、帰国後、僕はまじめに大学の授業に出席し続け、3年次には全ての単位を取り終えていた。
ということにしている。

よく分からない麺料理。つたない中国語で発音できそうな物を選んで注文していた。見た目は0点だが味は80点だった。さすが中国

街中にある靴屋さんにて。4本線のアディダスに反転したニューバランスのロゴ。なぜかナイキだけは本物に寄せてて見分けがつかなかった。お金は無かったが時間は無限にあったのでこんなものを見つけに街まで出ていた

路上で散髪。衝撃的な光景トップ3には入るな。それにしても突っ込みどころが多い写真だ

豫園で食べた鳩の丸焼き。多骨小肉でおいしくはなかった
こんな風に暇を持て余していた上海では常にうろうろしていました。
それにしても、4年前の出来事を思い出しながら書くのはかなり難しいな。中国編はあと3記事で終わりにしようと思う。
早く現在に追いつきたい。