坂本という男
このアメリカ横断旅が始まってしばらくは唯一ハンドルを握らなかった坂本も2週間目に突入してくると運転席に座り、定規で引いたように真っ直ぐなアメリカのハイウェイを走るRVを操縦している。
今回の旅で事前準備等に最も労力を割いてくれた彼について少し書きたいと思う。
彼との出会いは大学1年次の映像メディアの授業だった。
グループで映像作品を制作し発表するサイクルを繰り返す、いかにも総合政策学部というブラックボックス学部に入学してしまった迷える子羊たちが気休めで履修しそうな授業だ。
最初に与えられた課題はランダムで振り分けられた2~3人のグループで漫才を作るものだった。
僕は漫才には無縁そうな初対面の女子二人とのトリオ結成を余儀なくされた。
入学直後に落語研究会に一瞬だけ入会するも周りのレベルが低すぎて辞めたと豪語する僕が書いたネタを撮影し、大学のパソコン室で19:00ぐらいまで編集作業を行なっていた。
そこで声をかけてきたのが坂本という男だった。どうやら彼も編集に追われているようだ。
彼は卒業後ーーつまりこのアメリカ横断の直後、テレビ制作会社に就職したのでこの時の経験が役立っているのだろうか。
ちなみに僕が書いたネタは空き巣がテーマで、とんでもなくスベり散らかした。思い出すと今でも恥ずかしくなる。
坂本も女子とコンビを組んでいて、沖縄出身の相方をイジるネタで僕たちと良い勝負になるぐらいスベッていた。
ミント色の半袖シャツに小豆色のチノパンを身に着け、髪の毛は茶髪でトップから前髪にかけてはアロエのように束感がある。見るからにイケている。
少し苦手なタイプだなと思ったが、仕方なく話に付き合うことにした。確か僕がパイパンであるという噂が学部に広まっていたため、その真意を確かめに来たんじゃなかったっけ。狭いコミュニティというものはやはり生きづらい。
話していくうちに、彼はそこまでイケていないのではないかと疑い始めた。
1時間後にそれは確信に変わり、あ、こいつ大学デビューだなと安心して付き合える人間に認定された。
それからは僕の大学シーンに彼が頻繁にフェードインするようになり、気がつけばソフトボールチームでバッテリーを組んでしまっていた。
僕のスライダーかシュートか分からないランダムに曲がる横変化球を3年に渡りキャッチャーミットに納め続けたのは紛れもない彼だ。
しかし同じく大学1年次の6月、夜中の公園で友人4人と酒を飲んだ時、潰れてしまった二人の介抱をする僕を置きざりにして一人だけ終電に飛び乗ったことは今でも許していない。
A=B=C
次の目的地であるテキサスのNASA国際宇宙センターに向かう途中、それまでまともな食事をあまり摂っていなかった僕たちは本能的に肉を求め始めた。
坂本は帰国子女である。親の仕事の都合で小学校高学年までは香港で過ごした。
そう、つまり育ちがいいのだ。偏見だが帰国子女は育ちが良い。
不良少年少女の帰国子女を見たことがない。カラスとハトのヒナぐらい見たことがない。育ちが良いということは、グルメなのだ。以下の三段論法的公式が成り立つ
帰国子女=育ちが良い=グルメ。
台湾編でも別の人物でその公式に言及している。
彼は普段は牛丼やら弁当やらを常食としているらしいが、本気を出すとインターネットはもちろん、己の嗅覚、経験則に基づくアルゴリズムを用いて入手できる中で最大限の食事を提案してくれる。
今回もその能力を遺憾なく発揮し、僕たちの胃袋にサプライズを起こした。
彼が導いたのはルート66を外れた場所にある小さなテイクアウト専門の商店。営業しているのかも分からない。
それに駐車場には前科6犯ぐらいはありそうな若者たちが10人程度たむろしている。
本当にここになのか。
僕たちは何度も坂本に確認したが間違いないという。
意を決した坂本と冨澤が買いに行き、僕と石原はカーテンの隙間から騒いでいる若者たちをじっと観察していた。
10分後、冨澤と坂本が命からがらRVに戻ってきた。手にはビニール袋。テーブルの上でそれを開けると、見たことのない世界が広がっていた。
ソーセージと牛肉しか知らない人が考案した料理なのだろうか。
米は入っていない。逃げても逃げても執拗にステーキが追いかけてくる。
Do you beef ? – Yes, I beef.こんな会話も許される。
やはり坂本は本物の帰国子女だった。
カロリーの核弾頭を腹に詰め込んだ僕たちの体力ゲージは一気に最大値まで回復した。